v

Wonderful World

Live the way you want. スキルアップしながら趣味で人生を豊かに

ヴィンス・カーター 歴史に残るダンクコンテスト

 

2000年度ダンクコンテスト覇者
ヴィンス・カーター

 

 バスケットボールの最高峰リーグNBAで観客を盛り上げるダンクシュート。NBAでは毎年オールスター前にダンクコンテストが開催され、NBA選手達がダンクの華麗さと豪快さを競います。

 

毎年お祭り騒ぎで多くの現役NBA選手や引退した選手たち、著名人が観戦に訪れ会場は非常に盛り上がります。多くの選手がフリースタイルで自身の考えたアクロバティックなダンクを披露するこのコンテストでは、NBA選手の驚異の身体能力が見られます。

 

NBAコンテストの歴史に残る大会といえば2000年にヴィンス・カーター選手が参加した年です。

 

まずは彼のダンクコンテストの5回のダンクをどうぞ!

 


Vince Carter @ Slam Dunk Contest 2000 - All Dunks

 

 1回目のダンクは360度回転後のウィンドミルダンクで、2回目はリング裏から助走の少ない状態からのダンク。

 

1回目と2回目のダンクがかなり強烈で3回目に期待がかかったところで

ヴィンス・カーター選手は従兄弟でチームメイトのマクレディー選手にパサーを任せ、アリウープでレッグスルーからのダンクに挑戦、2度目で見事に成功させました。

 

このダンクが決めた瞬間には観客が総立ちで実況も"Its over"ー”これで決まった”と、ヴィンス・カーター選手の優勝が確実になると解説していました。

 

最後の2回のダンクは彼の身体能力の高さを周囲に見せつけたといえます。まさかダンクシュートでひじまでゴールに叩き込める選手がいるなんて想像もできない世界をヴィンス・カーター 選手は見せてくれました。ヴィンス・カーター選手のダンクを見て観客も口が開いたままでした。

 

優勝まで42点必要だったヴィンス・カーター選手の5回目のダンクはフリースローライン付近から両手でダンクにいき、難易度は低いが高い身体能力を観衆にアピールしました。(審査員は5人10点ー1回満点50点)

 

 ヴィンス・カーター選手のダンクは今でも多くの選手が憧れ、2018年ダンクコンテストを制したドノバン・ミッチェル選手も最後のダンクでラプターズの昔のユニフォームを着て、ヴィンス・カーター選手と同じダンクに挑戦しました。

 

(結果は動画でどうぞ!)


2018 NBA All-Star Dunk Contest: Donovan Mitchell wins it all | ESPN

 

 

43歳でも現役 アトランタ・ホークス

Wincraft ステッカーシート NBA アトランタ・ホークス [並行輸入品]

 

 

 2020年1月26日に誕生日を迎えて43歳になったヴィンス・カーター選手は戦える所まではNBAに残留を希望しアトランタ・ホークスでプレーを続けています。本人はリーグに貢献する事を望み、若手の育成や自分の経験を次に世代に伝えていきたいとインタビューで話していました。

 

1998年ドラフト5位でNBAに入ったカーター選手は、90年代、2000年代、10年代、20年代NBAプレーヤーで初めて4decade(アメリカで10年を一括りとする数え方)、4つの年代でプレーした選手になりました。

 

 2019-20シーズンで所属しているアトランタ・ホークスには、トレイ・ヤング選手やジャバリ・パーカー選手など優秀な若手選手が多く在籍しています。カーター選手は自身の活躍よりも周りを生かしたプレーで勝利を狙う姿勢を見せてくれています。

 

 43歳で現役最年長のヴィンス・カーター選手は、2019-2020年シーズン56試合経過した2月末時点で49試合に平均15.3分出場していて、チームのメンターとして若いホークスを支えています。

 

2019−2020シーズンで引退も噂されているヴィンス・カーター選手。2019年12月22日に行われたブルックリン ・ネッツ戦はニューヨークのマディソンスクエアガーデンでカーター選手が最後にプレーする事になるとされ、多くのファンがカーター選手拍手で受け入れ、彼のNBAに対する功績を称えました。

 

コービー選手も観戦に訪れており、NBAのビッグスター二人が握手を交わす場面が放送されていました。最後のシーズンになってしまうのはとても残念ですが、カーター選手には最後まで怪我なくシーズンを終えて欲しいと願っています。

 

ヴィンス・カーター NBAでの活躍
『The Carter Effect』

Vince Carter Toronto Raptors NBA Slam Dunk Contestアクション写真(サイズ: 8?

 

 ヴィンス・カーター選手は、1998年ドラフト5位でゴールデンステート ウォーリアーズ に指名されましたが、ドラフト直後すぐにトロント・ラプターズに4位で指名されたアントワン・ジェイミソン選手とのトレードが決まりラプターズに入団します。

 

理由は当時ラプターズに在籍していた、従兄弟のトレイシー・マクレディー選手がフロント陣に掛け合いカーター選手の獲得を強く願った結果だとされています。

 

1998年のドラフトには他にダーク・ノビツキー選手やポール・ピアース選手も選ばれNBAに入っています。

 

 トロント・ラプターズといえばNBAで唯一カナダに本拠地を置くチームです。トレイシー・マクレディー選手とヴィンス・カーター選手の加入後、二人の活躍でバスケットボールファンも増えラプターズのサポーターも増えました。

 

ヴィンス・カーター選手は1999年の新人王にもノミネートされ、NBAを代表するダンカーとして得点力の高さでファンから注目されていました。さらに2000年にはアメリカ代表にも選抜され、ケビン・ガーネット選手やジェイソン・キッド選手と共にオリンピックで金メダルも獲得してます。

 

2000年のオリンピックでは、身長220cmあるフランス選手の上を飛び越えてダンクを決め会場を驚かせました。(下のダンク集まとめ動画の0分35秒あたりのダンクがその歴史的なダンクです)

 


【激選ベスト10】 NBA史上最も "ヤバい" ダンカーとも言われるビンス・カーター 【ダンク集】

 

 

 しかし、2000年にマクレディー選手がオーランドマジックにトレードされてしまうと、その後のラプターズはプレイオフ2回戦でアイバーソン選手有するシクサーズと7戦目まで戦った結果、惜しくも敗れてしまいます。

 

チームメイトが抜け、プレイオフでも満足する結果を達成できなかったカーター選手を次は怪我が襲います。2年間怪我でレギュラーシーズンを十分に戦えなかったカーター選手は多くの悩みを抱えラプターズでのプレーにも影響がでていました。

 

苦悩の中2004年にラプターズはコーチ陣とマネージャーを総入れ替えし、チームの変革を進めようとしていきます。フロント陣が変わりカーター選手はプレータイムを十分与えられず、トレードを望むようになっていきます。

 

 2004年の12月にカーター選手はニューヨーク・ネッツにトレードされましたが、ラプターズのホーム エアーカナダセンターにネッツの一員として戻ってきた時カーター選手にはかなり厳しいビーイングがおきました。スタジアムの外ではカーター選手のジャージを燃やすサポーターもいたほどです。

 

それだけサポーターに愛されたことで、カーター選手本人もラプターズで育った子供だから出て行く事をよく思わないサポーターも多くいた事は理解できるとコメントしていました。

 

 ヴィンス・カーター選手の生涯をまとめた映画もあります。『The Carter Effect』はバスケットボール選手としてのカーター選手の歩みをまとめた映画で現在はNetflixのみで配信されています。

 

Raptorsから現在のホークスまで多くのチームを経験したカーター選手のドキュメンタリー作品です。多くのNBA選手も出演しておりカーター選手がNBAラプターズトロントに与えた影響について話しています。マクレディ選手のコメントやカーター選手の母の話を聞くと感動的な場面が多く、ヴィンス・カーター選手の人間像がわかる映画になっています。

 

時間があればぜひ『The Carter Effect』をNetflixで見てください。

今後NBAを見ていく中で現役最年長ヴィンス・カーターのストーリーを知る事で、もっとNBAが面白くなると思います。

 

 

 『ヴィンス・カーター クラシックアイテム(Mitchell&Ness)』